コラム
2016年07月01日
仏生山からガソリンカーで塩江へ(『第5回Cafe-asile歴史コラム』)

昔、ことでん仏生山駅から塩江までガソリンカーが走っていた。
正式名称は塩江温泉鉄道)

昭和4年に塩江温泉鉄道株式会社が運営していた。
昭和16年に、戦時統制下のガソリン不足で廃業。)

仏生山から塩江までの16キロを約40分で走り、25分ごとに運転されていたらしい。

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当時は運転手が10才代で、香川町の竜満池に真っ逆さまに落ちたり、終着駅の車止めをつきやぶり、建物に突っ込んだりした事もあったそうだ。

昭和16年には運行廃止となったので、ガソリンカーには乗車した事はないが、事故多発の(スリルいっぱいの!?)ガソリンカーに一度乗ってみたかった。

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現在、ガソリンカーが通っていたトンネルが当時の面影を残している。

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私も塩江温泉には祖母とバスで遊びに行っていて、温泉に入り近くの老木桜や蛍を見て、自然を楽しんだ思い出があり、仏生山と塩江は観光で行ききしていたのを覚えている。


7月2日、3日屋島で『空中パフォーマンスYa!(【瀬戸内サーカスファクトリー】)を開催に向けて、今、「瀬戸内サーカスファクトリー」が塩江で現代サーカスを制作している。この活動は、塩江・仏生山・屋島を繋いでいるのだ。

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これからは、仏生山から塩江まで自転車で回遊したり、子供達と蛍や自然を散策する高松市南部スローライフが活発になればいいと思う。

仏生山と塩江はこれから、時代にあったライフスタイルを繋がりながら紡いで行く。


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