コラム
2016年03月10日
明治の仏生山絵図(第1回『Cafe-asile歴史コラム』)

仏生山、明治40年頃仏生山本町通りの町屋風景を記録している「仏生山絵図」です。 本町道りの明治40年頃は大変賑わっていて、今では信じられないが、通りを横切れないくらい、大勢の人が行ききしていた。

Cafe-asileの先祖もその頃に、町に移住して来て、素麺の仕事を始めたらしい。

仏生山の絵図を書いた、真田精一郎さんも親戚で、駅前で乗り合いタクシーの商売をしていたそうだ。

今ご子孫は駅前でバーガービッツを開いてハンバーガーを販売している。

元々真田さんも、お菓子も販売していて、「食に関わる職業のDNAがあったのかなぁ」と言っている。

Cafe-asileも素麺、漆器、Cafeと時代の流れと共に職種が変わって来たが、仏生山を愛し、地域と関係する事をなりわいとしている事は変わらない。

仏生山の歴史コラムをこれから連載していくなかで、仏生山のまちの良さや歴史が、みなさんの生活の癒しとなると、嬉しいです。


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